それからを読んだ。

三四郎に続く、三部作と呼ばれるものの二作目。

あらすじを一言で言うと、
「食うための仕事というのは、食うことが目的なんだから、
それに都合いいように仕事が左右されて、ろくな仕事はできまい」
という持論から働きもせず風流な暮らしをしていた主人公代助が、
ふとしたきっかけで、
昔好きだったにも関わらず妙な義侠心から友人に譲った女性三千代を、
今更のように我が物にしようとしたため、
友人とは絶交、家からは勘当、社会からも追放され、
いよいよ食うための職探しに出かけるというお話。

もちろん、持論と言っても、単なる口実だと思われる。
自分の労働が、自分一人を養う以上のことになるのか、
という思想。

究極的には、
食うために生きてるのか、生きるために食うのか、
それなら生きている必要はあるのかという問い。
けど、食えなくなること(死)への本能的な恐れ。

そして、あらゆる問題がここに還元されてしまう。

人には多かれ少なかれ、そういう所があるはず。
ふと「俺、何やってんだろ」みたいな時。
それでも、大抵は(例え欺瞞でも)それなりの出口を見つけてやってく。

ところが、学のある代助の高尚な思想は欺瞞にも耐えられず、
しかも親に財産があったため、ひたすらモラトリアムが続く。

自分を欺くことを潔しとしない代助は、
心の赴くところに従い、人の掟にそむく。
(要するに、友人の妻を奪うわけで、当時は法にも触れんばかりの行為)

三千代以外には、父も兄も社会も人間も悉く敵であった。

こうして今や、三千代が生きる意味となり、
次の言葉で代助のモラトリアムも終わる。

「ああ動く。世の中が動く」

オススメ度★★★

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