聖書のことがよくわかる本を読んだ。

聖書を読もうかと思って、少し読んでいたのですが、やはり根底の思想が分からないと、どうしようもないなと思って、簡単な入門書代わりに読みました。
とりあえず以下、自分なりに理解した覚書。
合っているかどうかは確信が無いのですが。

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イエスの磔刑は、なぜ我々を救うのか。

■前提
・世界観として、唯一の「創主」と、それ以外の「被造物」の2つしかない。
・人間は当然「被造物」で、原罪を犯したアダムとイヴの子孫。従って、全員に原罪がある。
・イエスは創主の子であり、人間ではない。従って、原罪は無い。

人間は肉体と霊魂の2つで成っており、このうち
肉体には、食べ物などを与えないと滅んでしまいます。
同じように、霊魂にもエネルギーを与えないと滅びます。

で、この霊魂へのエネルギーは創主から得られます。
このエネルギーは波長のようなもので、自分の霊魂エネルギーが100%のときは
創主との波長が完全に合うので、常に100%です。

しかし、創主から意識をそらすと、創主と自分の波長の調和が乱れ、
霊魂エネルギーが減り始めます。この減った状態を聖書では「罪」と言います。

ところで、霊魂エネルギーが100%の状態でない不完全な者は天国へは入れません。
天国は完全な者だけが暮らせるところです。

ところが、人間は生まれながらに罪があります(原罪)ので、
どう頑張っても100%に充足されることが無いわけです。

■原罪とは何か

これはアダムとイヴが有名な「知恵の実」を食べてしまったことですね。
なぜ、これが罪につながるのでしょう。

この実を食べる以前は、善悪の判断は常に創主に仰いでいました。
人が何かを行動するときは、善いか、悪いかの判断で行うので、
人は常に創主と向き合う必要があったわけです。

ところが、知恵の実を食べたことで、もう創主の判断を仰がなくても
自分の知恵で判断できてしまう・・・つまり創主と向き合う必要が無くなってしまったのです。

創主から意識がそれると、どうなるか。
先ほどの波長が合わなくなり、霊魂エネルギーが100%ではなくなるんですね。

これが本人の意思ではどうしようもない、原罪です。

そして、それはアダムとイヴの子孫(つまり我々)は全員持っています。

■イエスによる救い

ここで、最初の問いに戻ります。
イエスの磔刑は、なぜ我々を救うのか。

イエスは創主の子であり、そのエネルギーは100%です。
そして、磔刑によって肉体を維持する必要のなくなった霊魂エネルギーが解放されます。

この解放されたエネルギーを、我々の意思ではどうにもならなかった
原罪に当たる部分に充当して下さい、というのがイエスの救いです。

イエスは創主の子ですので、霊魂エネルギーは無限に湧き出ます。
であれば、放っておいても我々の罪は全部解消されるのではないかと思うのですが、そうでもありません。

それを信じ、受け入れなければダメなのです。

例えば、宝くじが当たったとしても、その当選番号はウソだろう、
などと思っていては、受け取れるものも受け取れません。

霊魂エネルギーも同様です。
ただ、信じる者に与えられるのです。

そのために出家したり、お金を払ったり、修行をしたりする必要はありません。
それらを求めるものは全て疑わしいものだということでしょう。