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佐々木正人 - 知覚はおわらない―アフォーダンスへの招待

2006/04/16

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知覚はおわらない アフォーダンスへの招待
を読んだ。

ユーザーインターフェース(UI)について考えたいと思い、
アフォーダンスというキーワードで探した本。
ちなみにUIとは直接関係無い内容ですが、興味深い話が満載です。

基本的には過去に発表された文章を本にしたもののようですが、
対談ベースの章は読みやすく面白いものでした。

・盲目の人は世界をどのように「見て」いるのか。
・スポーツにおける「コツ」とは何か。
・「本物っぽい」演技とは。

などなど、私たちが環境としての「世界」とどう関わっているかを考えたものです。

一番面白かったのは、以下の方法による聴覚認識の発話記録でした。

一人の健常者(Aさん)が目隠しをします。
その友達がガイドとして既定のルートをナビゲートします。
ガイドは最初の一回だけルートを教えるために手を引きますが、次以降は安全のためにつきそうだけになります。
ルートは曲がり角が2箇所の単純なものです。

そして、目隠しをした人は、視覚以外を頼りにルートを探ります。
その時感じたり思ったりしたことを全て発話してもらう実験です。

このルートを何度か繰り返し通ってみるのですが、
Aさんの発話は、回数を重ねるごとに変化していきます。

まず「あー、こんな感じだった」という発見と想起があり、
やがて「ここでこういう感じ」といった確認、
そして「次でこうなるんだよな」という確信に至ります。

この実験を生まれながら盲目の人(Bさん)に行ってみたところ、
発話は単調な説明形式となります。
この方は普段、白杖を使って歩いていますので、
一度ガイドされた道を歩くのは、それほど難しくないことだからです。

ところが、この方を強制的に道に迷わせた後(つまりガイドの方について、覚えていられない程の複雑なルートを通った後)、最初にガイドされたルートを辿らせてみると、先のAさんのような発見・想起が起こります。

このことから分かるのは、「想起」は誕生するものであるということ。
そして、その想起はやがて、消えていくということ。
(Aさんの確認が確信に変わったり、
Bさんが最初は想起することなくルートを辿れたように)

ただし、Bさんの例で分かるように、想起は再び蘇ることもあります。

私たちも、初めての町に住んだ時、駅までの道を「発見」します。
次の日は、その道を歩きながら「想起」します。
やがて、その道は「確信」に至り、そのことについての意識は消えていきます。
しかし、途中新しいお店ができたり、道ができていると、再度発見し想起します。

熟練するということは、その対象についての想起の割合が減っていくということです。
そしてもし、想起が起きても正しい選択がなされます。

最後に無理やりUIの話にくくりつけるとしたら、
ユーザーがいかにすばやく「発見」できるか、
そしてそれを「確信」に変えていけるか、
に尽きるということでしょうか。

ホント無理やりですが。

オススメ度★★★

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シンプルに攻める - 初心者と達人の狭間で

2006/02/15

今では、インターネットという言葉を知らない人はだいぶ減ってきたようですが、
では実際「webサイトとは」と問われた時にいくつかサイトが思い浮かぶ人は
実はそれほど多くないのではないかと思います。

そんな中、UI革命やweb2.0現象が広まってしまうのは、いかにこの業界の変化スピードが早いかを物語っています。
ネットに慣れていない人が慣れる前に、AjaxやDHTMLによるUI革命が起きているわけです。

この革命は「慣れていない人でも、簡単に使えるようになった」という類の革命というよりは、既存のハイパーリンクに飽きてしまった人のための革命という気がします。

実際、web2.0と言って、もてはやされるサービスには、面白いと思う反面、
自分の親が(場合によっては友人でさえも)理解できるのかどうか疑問に思うものがあります。

それでは、懇切丁寧なサイトが良いのかと言うと、一概にそうではありません。

誰にでも経験のあることだと思いますが、親切はおせっかいになることもあります。


青い下線のある所は、マウスのカーソル(矢印)をそこに合わせて、マウスの左ボタンをクリック(押す)と、それに関する別のページが表示されます。

などと、全てのページに書いてあっても、助かるのは最初の一回だけで、後は無用の長物なわけです。

* * *

それでは、初めてでも分かりやすく、慣れても飽きがこないものは何か、という話になるのですが、
これは、やはり「シンプルなもの」ではないかと思うのです。

結局、使う人はあらゆる思想や、目的の背景を持って来るのですから、
それに対応するには、できる限りシンプルに、
あらゆる解釈に耐えうる作りにしておくことが必要ではないでしょうか。

例えば、丸い物体でも、白と黒で六角形と五角形の模様が付いていれば、
もうほとんどサッカーボールでしかないのですが、
そのまま置いておけば、リンゴかもしれないし、惑星かもしれないわけです。

もし、その丸い物体を、色んな人に見てもらいたいなら、
下手に装飾して、一部のサッカーファンしか集まらないよりも、
そのままを置いて、食べ物好きや、天体学者も集まってくれたほうが良いわけです。

「シンプル」というのは何も、画像使うな、とか、
リンクは下線付きの青文字だけにしろ、という意味ではありません。

自分の提供したいものを、余計な装飾や親切を省いて提供しましょうということです。

先の例で言えば、サッカーファンを集めたいなら、やはり白と黒の装飾は重要なわけです。

しかし、必要以上の装飾をすると、初心者のユーザーには説明しなくてはならないし、
慣れたユーザーにとってはジャマなものになってしまうのです。

では、何をもってシンプルさを磨くのか。

それはもう自分が何をしたいのか、という「目的」。
そして、それを誰が見るのか、使うのか、という「対象」。
この二つを明確にしていくことではないでしょうか。

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