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サルトル - 実存主義とは何か

2007/03/29

実存主義とは何か
実存主義とは何か
を読んだ。

実存主義に対する批判への反論、という形で語られている。

人間の本性は存在しない。
(略)
人間はみずから造るところのもの以外の何者でもない。
以上が実存主義の第一原理なのである。

人間は自由の刑に処せられている

選びたまえ。つまり創りたまえ

などなど、サルトル哲学の有名所がいろいろ。

人間は望んでこの世に出てきたわけでないのに、
存在し、常に自由であり、かつその責任は全て負わなければならない。
それが「自由の刑」。

自由であることは、同時にとても不安でもある。

自由の刑による不安を軽くするために、決まりごとを沢山作って
あたかもそれが必然であるかのようにふるまう。
(会社に行く、クレジットの支払いをする、食事をする…)

そうして自由を排除し、不安を最小限にし、
隙間があれば、自らの責任において、ルールを選択する。

その総和がその人そのものであり、自らを創るということである。
そして、自らの選択したルールに従ってできた、
いわば「役」を演じることになる。

この「役」は人間本性とは関係無いので、
簡単に置き換え可能である。

だから、映画や小説やゲームの主人公と、自分を置き換えるのは難しくない。

元々が役者なんだから、新しい舞台ができれば、
いくらでも新しいルールで自分を再構築できる。

ある程度できあがった役割を大きく変えるのはきつい。
それまでの選択が、次の選択に影響を与えるので、
容易には大きな転換ができない。

ルールで固めた役割に不安は無いが、
いささか窮屈で、思い通りにならない不満はある。

それを文字通り、新たな創造で解消することもあれば、
単に「置き換え」で満足することもある。

人は皆、選択によって、自分というものを創造している。
人は自由という刑、つまり不安を逃れるために、
創造せずにはいられない。

創造の場、事実上の現実(ヴァーチャルリアリティ)さえあれば、人は創造する。

オススメ度★★★

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サルトル - 嘔吐

2007/03/04

嘔吐
嘔吐
を読んだ。

「存在」に関する哲学的テーマを持った小説。

主人公アントワーヌ・ロカンタンが一般市民的生活を送りながらも、(その生活から見れば)半分狂ったような思考をしているお話。
でも、ロカンタンに共感できる人も結構いる気はする。

存在については、去年の暮れごろからのテーマです。

何かについて思考するとき、その対象は「在る」ものについてであることがほとんどですが、その「在る」とは何でしょう。
この日常の違和感のようなものから始まり、「在る」ことについての発見へと至ります。

存在について考えるとき厄介なのは、
存在というものがあまりにも当然すぎて、
何を考えたらいいのか分からないということしょう。

とりあえず「存在するもの」を実感するための、とっかかりとして、
「本質は実存に先立つ」
という考え方があります。

存在しているものの中には、まず何らかの本質があって、
その後で実存(モノ)があということです。

例えば、「紙を切れる何か」「音楽を聴く何か」という本質があって、
「ハサミ」「CDプレイヤー」のようなモノが生まれている、
というのがそれです。

部屋や街を見回せば、ほとんどがそういうモノです。

逆に
「実存が本質に先立っ」ているものもありそうです。
個人的には、植物や水、動物、人間なんかが
それに当たると思うのですが、人間だけという考えもあるようです。

要するに、「二本足で歩く何か」のような本質がなく、
ただ存在ありき、で存在するものです。

例えば人間を創造した「神」が存在しなければ、
人間は本質を持たない存在ということになります。
(この辺が実存主義)

こんな感じで、世界は存在するもので満ち溢れているわけですが・・・

* * *

ロカンタンは気づきます。
全ての存在は、不条理で、余計なものであると。

存在するものは、その意味や理由を厳密に語りつくせないという意味で不条理です。

(逆に説明や理屈というものは存在しないが故に、不条理ではないと言います。
例えば点と点を結んだものが線分であるというのは、
ただ言葉で定義され、充分説明されるているだけで、
それらは存在せず、不条理ではありません。)

この辺りでライプニッツが出てくるようです。

「なぜ無でなく、何ものかが存在するのか」

存在には全て理由があり、理由がなければならないと説きます。

理由があるということは、「なぜ?」という問いに答えられるということです。

ここでは「なぜ?」の連鎖を作ることができます。
子供のときに一度はやって親を困らせ(怒らせ?)たのではないでしょうか?

「なんでこの花は赤いの」
「虫が来るようにだよ」
「なんで虫が来るようにするの」
「実をつけるためだよ」
「なんで実をつけるの」

みたいな。

で、この行き着く先は二つあって、
一つは全ての創造者「神」。
もう一つは意味の無限の遅延、あるいは循環。

後者の場合は完全に不条理です。

つまり、その不条理から逃れるために神がいるというわけです。

しかし・・

そしてたちまち一挙にして幕が裂け私は理解した。
私は<見た>。

ロカンタンは「見て」しまったんですね。

存在そのものについて、神とか、言葉とかいうレッテルを貼れなくなってしまった。
貼ろうとしても、簡単にはがれ落ちるようになってしまった。

そこで、全てのものが不条理となり、
自分の存在そのものが余計なものであることに気づいたわけです。

* * *

普通は、この事実から逃れて楽しく暮らすために、
それぞれの事柄に関連性と意味を持たせて生活を充実させます。
あるいは便利屋としての神を引き出します。

これを自己欺瞞と言います。

たぶん、買ってから一度しか使ってないものを見つめて、
「なんで、こんなもの買ったんだろう」
とか思うときが、かなり、その存在そのものに接近している時です。

そのもの自体が、ここにある必要性も必然性も全く無い。

ただ「在る」だけの不条理で余計なものです。

そして、自己欺瞞も実感しやすい。
「それを得ることで満足できた」
「今後有益になるかもしれない」
と言って、しまいこみます。

実は、自分の持ち物は全て、余計なものです。
時々持ち物を処分したい衝動にかられます。
そのものから、自分が付与した「意味」が剥がれ落ちるからです。

しかし、結局全てを捨てた後でも、
自分という存在が残ります。
こればっかりは捨てられません。

ロカンタンも自殺はしないだろう、としています。
後に残る骨すら余計なものです。

* * *

ふむ・・ようやく、分かりかけてきた。

この本はなんて不条理な、余計なものでありましょうか。

オススメ度★★★★

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ドナルド・D・パルマー - サルトル

2006/11/30

サルトル
サルトル
を読んだ。

「表紙にはBEGINNERSとあるが、どんなものやら…」
としかめっ面して開いてみたら、
あれ、これ、ちくま学芸文庫だったよな、と思うくらいはじけたレイアウト。
つい買ってしまいました。

挿絵が多用され、書体やレイアウトも凝ったものになっています。
最近読んだ中では、挿絵の雰囲気などが
「おもしろい」のゲームデザイン - 楽しいゲームを作る理論
に近いものがあります。一コマ漫画みたいな。
こういうの結構好きです。

パッと見、オカルト本みたいな気がしないでもないですが、
中身は結構噛み砕かれていて、読みやすいと思います。

特に近・現代の哲学に疎い(ちなみに古代、中世も疎い)自分でも
なんとなく概観がつかめた気分。

須田先生は「哲学は知ってる人が解説してくれないと、なかなか…」
とおっしゃっていましたが、確かにそうだなぁ、と思います。
まず全体をなんとなくつかめるものが必要です。

オススメ度★★★

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