岐阜旅行、祖母のこと
8/10~13で岐阜へ行ってきた。
祖父母が住んでいたので正月よく行ったが、
夏に滞在することって実はほとんど無かったことに気づいた。
写真は名古屋鉄道揖斐線黒野駅跡。
中部の駅百選に選定されたこともあるらしい。
家に車が無かった小学校のころは、新幹線と私鉄を乗り継いで、
最後に、ここから15分ほど歩いて祖父母の家に向かっていた。
祖父は十年近く前に亡くなったが、祖母は健在である。
とにかく元気で、恐らく、家族の誰よりも口が回っている。
思ったことをそのまま言うのだと思うが、
裏が無いので、気分の悪くなることが無い。
七十半ばにして、朝の4時半から勤めに出る。
皆が根をあげるような仕事も、真面目にこなす。
つまらぬ愚痴をこぼすわけでもない。
料理が出れば、何でもおいしいなあと言うし、
旅行の思い出話になれば、どこでもええとこやったと言う。
何気ないことにも、ありがとうと言う。
不足を語らず、足ることを知る人である。
人間が不幸なのは、自分が幸福であることを知らないから、それだけです。
祖母が自分が幸福だと思っているかは分からないが、
少なくとも、幸福だと知っているようには見える。
もちろん聖人のようとは言えないが、
僕の目指すべき境地に近い人だと思った。
僕にも4分の1はその血が流れているハズなのだが、なかなか難しい。
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