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ドストエフスキー - 悪霊

2007/09/17

悪霊を読んだ。

1861年農奴解放令以後のロシアの混沌とした様子を、
実際にあった事件を元に描いた大作。

題名は、ルカ福音書第八章32-36節より。

人に憑いていた悪霊がイエスの許しによって、
人から出て豚にとり憑くと、豚は崖から湖に飛び込み溺死した。
というところから来ている。

本作を読むに当たっては、焦点の当て方が沢山あると思うが、
やはり気になるのはスタヴローギン。

主人公でありながら、どうにもつかみどころが無い人だが、
「スタヴローギンの告白」を読むと納得できることも多い。

問題は、生きていくのが気が狂いそうなほど退屈なことであった。

退屈とか、ヒマっていうのは結構危険なもので、
学問や哲学の始まりはここにあるのだが、
思想というものがしばしば破滅へ至るのは、退屈が根本にあるからだと思う。

退屈から始まった哲学が、退屈に立ち返るわけにはいかないのだ。

「暇つぶし」という概念があり、
しかもそれに夢中になることができるのは、
人間の自己防衛本能のせいかもしれない。

まあ、とにかく、ヒマをつぶせずに、あれこれ考え始めると、
とんでもない結果に辿り着いたりする。

結局のところ、学問が発達するというのは、暇人が増えるからで、
そういう暇人が発達させる学問の行く末には
破滅が待ってるんじゃないかという気にもなってくるので困った。

発見の先に何を発見するのだろう。

神、あるいは無。
(この二つは同一のものに思える)

その事実に人間が耐えられるのかどうか。
少なくともスタヴローギンやキリーロフは耐えることができなかったのだ。

オススメ度★★★

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トルストイ - 人は何で生きるか

2007/03/18

人は何で生きるか
人は何で生きるか
を読んだ。

トルストイが作家としての名声は得た後に書いた、民話集。
僕が読んだのは古い角川のもの。

キリスト教の隣人愛を民話として伝えています。

こういう道徳的な話を子供向けの理想のお話として片付けるのではなく、
真剣に考えるものとして読む必要があるのではないかと思います。

しかも、この手のお話もトルストイにかかると、
とても読み応えのある、それでいて読みやすく、
大切なことがよく伝わる話として仕上げられています。

オススメ度★★★

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旧約聖書

2006/12/24

旧約聖書
旧約聖書
を読んだ。

読んだ、とか言ってレビューするような本でもない気もしますが・・
創世記から出エジプト記、イザヤ書、伝道の書が収められた一冊。
一部省略などがあります。

それにしても、神ヤハウェは面白い。
天地を創造し、人間を創ったわりに、その人間の行為に心を悩ませています。
もちろん滅ぼすことは簡単にできるのですが、
大洪水以降は、人を一斉に滅ぼさないことを、わざわざ人と契約したりもします。

ここで伝えられている内容を読むと、
神が、途方も無く遠い存在としてではなく、
人の創造者として一段高いところにいる、
というくらいの、とても近い存在に感じられるのが不思議です。

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アンドレ・ジッド - 田園交響楽

2006/11/17

田園交響楽
田園交響楽
を読んだ。

盲目のまま、教育を受けることもなく育った娘が、
ある牧師によって知性に目覚め、この世の素晴らしさを謳歌するも、
視力を得て知った罪の意識によって、死の道へと至る悲劇。

あなたが授けてくださる幸福は、何から何まであたしの無知の上に築かれているような気がしますの

妻と子がありながら、日に日に知的に成長するジェルトリュードに恋し、
ジェルトリュードを導くという口実で、
互いに惹かれていた息子ジャックとジェルトリュードを遠ざけ、
さらに愛情を深める牧師。

神への道が見えなくなっていた牧師が開かせた
ジェルトリュードの目は、罪を見ることになります。

もし牧師の両目が開かれていたならば、
ジャックとの結婚を認めたでしょうし、
片目でも開いていれば、目の手術は受けさせなかったかもしれない。

そして、手術の後、罪の深さを知ったジェルトリュードは死を選び、
ジャックは牧師の元を去ります。

私は、自分の心が砂漠よりも乾からびているのを感じていた。

ルカによる福音書6章39
「盲人もし盲人を導かば、ふたりとも穴に落ちん」を具現化した作品。

オススメ度★★★

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トルストイ - 光あるうち光の中を歩め

2006/11/09

光あるうち光の中を歩め
光あるうち光の中を歩め
を読んだ。

プロローグとして、「閑人たちの会話」があります。

皆、神の御心にかなう暮らしをしなければならない、という意見を一致させながら、
幼年においては打撃を与えてはならないとして、
青年においては親の期待に背いてはならないとして、
壮年においては妻子に迷惑をかけられないとして、
老年においては長い習慣があるとか、余命いくばくもないとして、
結局新しい一歩を踏み出せずに、空しい議論のみに終始するのだという一幕。

当たり前のことなのですが、それをあからさまに書き出しています。
いかに人生の舵取りが難しいかを教えてくれますね。

さて、本編は、同じ学び舎で育った2人の青年が、
一方は俗社会に生き、他方はキリスト教徒となって、時に語り合う物語。

キリスト教に対する疑問と、それに対する回答、といった形で話が進むので、とても分かりやすくなっています。
自分が聞きたかったことを代わりに聞いてくれているようでした。

しかし、その教えが「個人の歩むべき道」を超えて「社会の歩むべき道」として良いものかどうかは結局分からなかった。
しかし、個人の道としては尊敬すべきものである気はする。

そして肉体の死が訪れたのも知らなかった。

人生の重荷を背負ったユリウスが人生の最後に到達した境地。
本当にそんな幸福があったものだろうかと、ため息の出る最期。

物や地位、名誉に対して幸福を求めるのは空しい。
死と共に、それらは全て失われるのだから。
精神の幸福こそ求めるべきもの・・・。

オススメ度★★★

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鹿嶋春平太 - 聖書のことがよくわかる本

2006/10/22

聖書のことがよくわかる本
聖書のことがよくわかる本
を読んだ。

聖書を読もうかと思って、少し読んでいたのですが、やはり根底の思想が分からないと、どうしようもないなと思って、簡単な入門書代わりに読みました。
とりあえず以下、自分なりに理解した覚書。
合っているかどうかは確信が無いのですが。

———————

イエスの磔刑は、なぜ我々を救うのか。

■前提
・世界観として、唯一の「創主」と、それ以外の「被造物」の2つしかない。
・人間は当然「被造物」で、原罪を犯したアダムとイヴの子孫。従って、全員に原罪がある。
・イエスは創主の子であり、人間ではない。従って、原罪は無い。

人間は肉体と霊魂の2つで成っており、このうち
肉体には、食べ物などを与えないと滅んでしまいます。
同じように、霊魂にもエネルギーを与えないと滅びます。

で、この霊魂へのエネルギーは創主から得られます。
このエネルギーは波長のようなもので、自分の霊魂エネルギーが100%のときは
創主との波長が完全に合うので、常に100%です。

しかし、創主から意識をそらすと、創主と自分の波長の調和が乱れ、
霊魂エネルギーが減り始めます。この減った状態を聖書では「罪」と言います。

ところで、霊魂エネルギーが100%の状態でない不完全な者は天国へは入れません。
天国は完全な者だけが暮らせるところです。

ところが、人間は生まれながらに罪があります(原罪)ので、
どう頑張っても100%に充足されることが無いわけです。

■原罪とは何か

これはアダムとイヴが有名な「知恵の実」を食べてしまったことですね。
なぜ、これが罪につながるのでしょう。

この実を食べる以前は、善悪の判断は常に創主に仰いでいました。
人が何かを行動するときは、善いか、悪いかの判断で行うので、
人は常に創主と向き合う必要があったわけです。

ところが、知恵の実を食べたことで、もう創主の判断を仰がなくても
自分の知恵で判断できてしまう・・・つまり創主と向き合う必要が無くなってしまったのです。

創主から意識がそれると、どうなるか。
先ほどの波長が合わなくなり、霊魂エネルギーが100%ではなくなるんですね。

これが本人の意思ではどうしようもない、原罪です。

そして、それはアダムとイヴの子孫(つまり我々)は全員持っています。

■イエスによる救い

ここで、最初の問いに戻ります。
イエスの磔刑は、なぜ我々を救うのか。

イエスは創主の子であり、そのエネルギーは100%です。
そして、磔刑によって肉体を維持する必要のなくなった霊魂エネルギーが解放されます。

この解放されたエネルギーを、我々の意思ではどうにもならなかった
原罪に当たる部分に充当して下さい、というのがイエスの救いです。

イエスは創主の子ですので、霊魂エネルギーは無限に湧き出ます。
であれば、放っておいても我々の罪は全部解消されるのではないかと思うのですが、そうでもありません。

それを信じ、受け入れなければダメなのです。

例えば、宝くじが当たったとしても、その当選番号はウソだろう、
などと思っていては、受け取れるものも受け取れません。

霊魂エネルギーも同様です。
ただ、信じる者に与えられるのです。

そのために出家したり、お金を払ったり、修行をしたりする必要はありません。
それらを求めるものは全て疑わしいものだということでしょう。

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アンドレ・ジッド - 狭き門

2006/09/29

狭き門
狭き門
を読んだ。

互いに自らの魂を善くしながらも、
恋を成就させようとするジェロームと、
さらなる高みを選択したアリサの物語。

題名はルカによる福音書第13章24から

力を尽くして狭き門より入れ。
滅びにいたる門は大きく、その路は広く、之より入る者おおし。
生命にいたる門は狭く、その路は細く、之を見いだす者少なし。

より。

アリサは、徳を重ねることで「報い」を望むことをよしとしませんでした。
神へ少しでも近づくことを望みながら、それでも神の下にたどり着いてはいけない・・。

努力の過程に、その結果を越える喜びを見出すことの幸福と恐怖、絶望。
報われることは決して幸福なことではない・・
幸福になるために生きるのではない。

妹ジュリエットの結婚でそれが確定的になったのかもしれません。
ジェロームと結婚して、その後は?果たして、魂はより善くなるのか。

近寄りがたい美しさ(美しいと表現するのであれば)が綴られます。

そして、本書で最も切なく美しいシーンだと思うところ。

「では、魂は、幸福以上に何を望むというんだろう?」と、わたしは性急に叫んだ。彼女は小声でつぶやいた。
「聖(きよ)らかさ……」

言われてみたいけど、絶対に聞きたくないセリフですね。

# ただ、ジェロームがもう少し不徳であったならあるいは、という所も何度かあるんですよね。
# そうなったら物語として成立しないんですけど。
# ノベルゲームには最適なんだよなぁ(笑)。

オススメ度★★★

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