しろログ

楚の人を弁護する

2006/04/23

「さあ、買った買った、何でも突き通す鋭い矛だよ!」
「さあ、買った買った、何を使っても貫けない堅い盾だよ!」
「あなたの矛であなたの盾を突くと、どうなるのですか」
「いいところに気がついた! すごいことになるんだよ、それ! そこが売り物なんだ、兄ちゃん。さあ、今すぐ買って試してみよう! セットで買えばなおお得!」

「矛盾」を弁護するへりくつ集

楚の人を弁護してみようというもの。
レトリック、法律、あたりが面白い。

このように明らかに詭弁であることが前もって分かっていれば面白いのですが、
実際自分に降りかかってくると、次の日に詭弁と気づいて地団駄踏むことになりますね。

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佐々木正人 - 知覚はおわらない―アフォーダンスへの招待

2006/04/16

chikaku.jpg
知覚はおわらない アフォーダンスへの招待
を読んだ。

ユーザーインターフェース(UI)について考えたいと思い、
アフォーダンスというキーワードで探した本。
ちなみにUIとは直接関係無い内容ですが、興味深い話が満載です。

基本的には過去に発表された文章を本にしたもののようですが、
対談ベースの章は読みやすく面白いものでした。

・盲目の人は世界をどのように「見て」いるのか。
・スポーツにおける「コツ」とは何か。
・「本物っぽい」演技とは。

などなど、私たちが環境としての「世界」とどう関わっているかを考えたものです。

一番面白かったのは、以下の方法による聴覚認識の発話記録でした。

一人の健常者(Aさん)が目隠しをします。
その友達がガイドとして既定のルートをナビゲートします。
ガイドは最初の一回だけルートを教えるために手を引きますが、次以降は安全のためにつきそうだけになります。
ルートは曲がり角が2箇所の単純なものです。

そして、目隠しをした人は、視覚以外を頼りにルートを探ります。
その時感じたり思ったりしたことを全て発話してもらう実験です。

このルートを何度か繰り返し通ってみるのですが、
Aさんの発話は、回数を重ねるごとに変化していきます。

まず「あー、こんな感じだった」という発見と想起があり、
やがて「ここでこういう感じ」といった確認、
そして「次でこうなるんだよな」という確信に至ります。

この実験を生まれながら盲目の人(Bさん)に行ってみたところ、
発話は単調な説明形式となります。
この方は普段、白杖を使って歩いていますので、
一度ガイドされた道を歩くのは、それほど難しくないことだからです。

ところが、この方を強制的に道に迷わせた後(つまりガイドの方について、覚えていられない程の複雑なルートを通った後)、最初にガイドされたルートを辿らせてみると、先のAさんのような発見・想起が起こります。

このことから分かるのは、「想起」は誕生するものであるということ。
そして、その想起はやがて、消えていくということ。
(Aさんの確認が確信に変わったり、
Bさんが最初は想起することなくルートを辿れたように)

ただし、Bさんの例で分かるように、想起は再び蘇ることもあります。

私たちも、初めての町に住んだ時、駅までの道を「発見」します。
次の日は、その道を歩きながら「想起」します。
やがて、その道は「確信」に至り、そのことについての意識は消えていきます。
しかし、途中新しいお店ができたり、道ができていると、再度発見し想起します。

熟練するということは、その対象についての想起の割合が減っていくということです。
そしてもし、想起が起きても正しい選択がなされます。

最後に無理やりUIの話にくくりつけるとしたら、
ユーザーがいかにすばやく「発見」できるか、
そしてそれを「確信」に変えていけるか、
に尽きるということでしょうか。

ホント無理やりですが。

オススメ度★★★

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ライブドア上場廃止に寄せて

2006/04/12

ライブドア株式が14日上場廃止ということで、明日が最後取引日です。
私は今日記念に数株買いました。
単に廃止記念というわけではなくて、私にとっては社会人生活最初の会社だったということで。
(ストックオプションとか行使していたら笑えない記念になっていたでしょうが・・。
退職時のどさくさで行使しそびれて助かりました(汗)

なお先月末のことですが、ライブドアが本社機能をヒルズから移転する意向を示したようです。

まだ2年くらいしか経っていないのですが、入居したころが懐かしいですね。
今は無き、妙な形の回転トビラとか、2階建てエレベータとか、38階から眺める夜景とか、
安い弁当屋とか探して社内用wikiに情報載せたりとか…

あとはニオイ。

人は香りによって記憶が呼び起こされることがあるようですが、
私の場合、ヒルズを思い出すとき、そのニオイも思い出すんですよね。

まあ、もう2度とあのオフィスには入らないと思いますが、ちょっといい所でした。

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塊魂

2006/04/08

katamari.jpg
塊魂
をプレイした。

安くなっていたので、プレイしてみました。
コンセプトがハジケているので、全体としてそういう作りになっているのですが、
こういうのをしっかり作るというのは意外と難しいように思います。

なんでもアリなようで・・・いや、なんでもアリだからこそ、
イメージや世界観をはっきりさせておかないと、散漫な感じになってしまうでしょう。

ローディングの一工夫はお気に入り。

さすが、よくできた作品だと思います。
あと音楽がいいですよ。BGM会社が適当に(失礼)作ったのかなと思っていたら、
浅香唯、椛田早紀(ASAYANでいたナ)、松崎しげる…って歌入りのは全て有名アーティストでした。

katamari_cd.jpg
サウンドトラック
までゲットしてしまったワケで。

…と、ここまで言っておきながらなんなんですが、
ゲーム自体にはそれほどハマらなかったんですけどね。

・ちょっと動かしづらい
・ぶつかったり、ひっかかるのが思ったより不快
・全部巻き込めるようになると楽しいが、ただそれだけ・・

などなど。クリアしたから、もういいかな、という感じ。
やっぱりユーザーをイライラさせたらゲームとしては、もう半分くらい死んでるわけですよ。

さて、話は変わりますが、個人的に期待しているゲームがこちら。

ookami.jpg
大神

公式サイトで大体概要がつかめるかと思いますが、
切り絵・染物っぽいグラフィック、古事記的世界観、筆によるアクション(?)など、気になる要素が満載です。

妄想ですが、筆アクションとかは、任天堂の次世代機なら結構いけるんじゃないかと思ったり。

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カテゴリ:ゲーム

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ついに箱庭ノベルズに作品が

2006/04/06

沢山の方に登録して頂いていたものの、長い間、作品が公開されていなかった
箱庭ノベルズですが、ついに初のユーザー作品が公開されました。

hakoniwanovel.jpg
ようかんを食べたかった(音アリ)

2chキャラをモチーフにした短編アドベンチャーです。
2chキャラを知っている方向けですが、ツールを作った自分でも、
こんな使い方できるんか・・とか思ったりしました。
いい出来です。

※WinXP + IE + Flash6? 専用です。申し訳ない。

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カテゴリ:箱庭ノベルズ, プロジェクト

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ブログノススメ

2006/04/02

私がブログを書く理由とか、「ブログノススメ」みたいのを書こうかなと思いながらキッカケが無かったのですが、
中島さんがブログを書く理由を書いていましたので、
ここらで整理して書いてみようと思います。

中島さんの記事では、梅田卓夫さんの本から
1. 自分にしか書けないことを
2. だれにでもわかるように書く
が引用されています。

これは「よい文章」の条件とのことですが、これらがすなわち充実感につながり、楽しいことであるから、ブログを書くというわけです。

この二つが両立している所には価値が生まれます。
実際中島さんのブログは、そのようなブログとなっていますが、これはなかなか難しいものです。

大抵は、
1. だれにでも書けることを
2. だれにでもわかるように書いている
とか、
1. 自分にしか書けないことを
2. だれにもわからないように書いている
とか、
1. だれにでも書けることを
2. だれにもわからないように書いている
などのパターンに陥ってしまいがちのような気もします。
私の場合も、2番目3番目のパターンがかなり多いと思います。

しかし、それが全く無意味かというと、そうではないと思っています。
私がブログを書く理由はここにあるのですが、
それは
「自分の頭の中にINPUTされた事柄を、自分なりのフィルターを通してOUTPUTしてみるため」
です。

重要なのは、OUTPUTする訓練ができるということです。

# 訓練なんていうと、疲れそうなので、
# そこは「遊び」とか「ゲーム」などに置き換えてもいいかもしれません。

そのOUTPUTが、他の人に理解してもらえれば、それは充実感につながります。

個人の日記でも、その訓練はできますが、
ブログは他人の目に触れるという特徴があります。

その特徴をどう生かせるかは、人それぞれだと思いますが、例えば
・人に理解してもらえるようなOUTPUTを意識できるようになる
・人からのコメントで、新たな発見ができるようになる
・やる気が持続する
などがあります。

そのようにして出たOUTPUTは再び自分のフィルターを進化させたり、変化させたりして、
あらゆるINPUTに対して、より高いレベルのOUTPUTを作り出せるように思います。

自分で何か作りたいというクリエティブな方には、ブログはオススメです。
もちろん、文章でなくても、何か作品を作って写真でアップする、とか
音楽や朗読を録音してアップするというのもOUTPUTですから、
もしブログを始められる環境があるのであれば、やってみて損は無いと思います。

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吉岡洋 - 「思想」の現在形―複雑系・電脳空間・アフォーダンス

2006/04/01

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「思想」の現在形
を読んだ。

現代の、知識・情報の流れと、その根底にある言語にまつわることが、哲学的視点から書かれています。

本書は「知識の異なった分野間にリンクを張ること」が目的となっており、一つの論を展開するわけではありませんが、その分全体を網羅したような感じになっています。

最初に言っておくと、万人向けのものではないですが、かなりオススメです。
哲学系+Web系な人にはピッタリで、ぜひ読んで欲しいと思います。
小さな段落で小分けされているので、読みやすくなっています。

97年に書かれた本ですが、インターネットの本質を突いていて、今の状況を当てはめながら読んでも違和感ありません。

インターネットの本質というか、そもそも言語の本質的な部分をインターネットが突いているのか・・

ともかく、インターネット・webの出現というのは、知識と情報の在り方にとって革命的であることは間違いありません。
(なんて言葉は何年も前からありますが、それが確かにそうだと思えるようになります)

Web以前は、知識を得るとしたら、師匠の教えか、書物しかありませんでした。
知識は完全に限定されており、個々人にとっては圧倒的に不足状態だったのです。

しかし、Webの登場によって、情報の流通量は爆発的に増加しました。

人類はいまだかつて経験したことのない「情報過多」の世界に生きることになったのです。

インターネットをある程度利用している方は分かるかもしれませんが、今Webはどこか混沌としたところがあります。
それは情報過多という未曾有の事態に、様々な人が様々な方法でアプローチしている結果です。

何せ人類史上初めてのことですから、定石が無いのです。

■対象から環境へ

黎明期からちょっと前までは、webサイトは電子ポスターみたいな感じがありました。
企業も個人も、自分のことを書いたポスターを貼り付けていたイメージです。

ポスター(ホームページ)があって、閲覧者がそれを見るという図式です。

が、そろそろそういう使い方は終わりを見せ始めています。
最近よく言われるweb2.0に代表される概念が良い例ですが、
2.0というのは、対象だったwebが環境としてのwebになることなのかなと思います。

うーん…「なる」というのは曖昧ですね。

webは何も変わっていません。10年たってもHTTPで通信し、HTMLなどでマークアップされた文書を流し続けています。

2.0はwebそのものの変化ではなく、認識の変化です。

今までは、webという世界に対し、使う側としての自分が切り離されて考えられていました。

それが「web」と「webを使うという行為」は切り離せなくなってきた。

例えば、Googleで検索することは、もはや単に文書を探すことではありません。
検索された語はフィードバックとしてGoogleに蓄積されます。
蓄積されたデータは別の誰かが検索を利用する時に利用されます。

使う本人にその自覚は無くても、その人は確実に「環境」の一部になっています。

このことに気がついている人は既に沢山いるはずです。

そのような人が作ったサービスが、「環境」に馴染んだ人にとっては面白く、
そうでない人にとっては、よく分からないものとなるのは、必然かもしれません。

それは良いとか悪いとかいう話とは別の、認識の違いです。

オススメ度★★★★

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