日本でもこの形に違和感を持たないかもしれない。
むしろ「ふむ、確かに権力者はその他大勢をねじ伏せることができるからな!言い得て妙だ」と。

内輪においては、自分も耐えているから、あなたも耐えよ。
外野においては、行動することは勝手だが、自己責任でどうぞ。
そういう空気が醸成される。

日本人のDNAというものがあるとすれば、例えばお上に楯突くことは命がけであるばかりか、下手すると連座制によって無関係な者(自分)まで巻き込まれる、というようなことが刷り込まれているのではないか、というような気さえしてくる。

あるいは(これは何かの本にあった表現だが)まず天皇を祀り上げ、真っ先に自分がそれに平伏し、周囲にもそれを強要するといったスタイル、そういった権威主義的なものがまず強く刷り込まれているのかもしれない。

とにかく民主主義についても、日本人にとっては、ここ100年程度で取って付けたような考え方であって、公正な投票の実施が民主主義、多数決が民主主義、と思っている向きも少なくないような気がする。

権威主義という実態の上から民主主義的な服を着たような感覚。

民主主義は確かに面倒である。何より、一人一人がそれなりに広く深く考えないといけない。しかも答えは無い。

「民主主義は最悪だ。民主主義以外のすべてを除外すれば」

権力は私たちに存ること、政治は私たちが信託しているのであること、その権威は私たちに由来すること。
今一度確認しなければならないように思う。