子どもの頃からファミコン・パソコン好き、仕事もweb/アプリ開発という、デジタルどっぷりの自分ですが、その反動もあってか、音楽についてはアナログで聴きたいと思うようになりました。
あらゆる機器やサービスが発達しすぎて、何でも手軽にできることに嫌気が差して、手間のかかることをやりたいと思った、というのもあります。

そこで先日、レコードプレーヤー、真空管アンプ・スピーカーをそろえて、ようやくアナログの音楽再生環境ができあがりました。

そこでレコードをかけて驚いたのは、そこに今までPCやCDから流していた音とはまったく別の音、というより世界があったことです。
圧倒的な密度・広がり……音楽についてはレコードが根強い人気があることは知っていましたが、これほどとは思いませんでした。

自分が物心ついた時には家のレコードプレーヤーは壊れていたし、それ以降はCDだったので、レコードをまともに聴くのは初めてのことだったのです。
一度この世界を体験したらもうCDには戻れないんじゃないでしょうか。

自分の環境はオーディオ通の方から見れば、環境と呼べるようなものですらないかもしれませんが、それでもそう思います。

そして、サンプリングとはよく言ったもので、CDを聴くのは音楽の標本図鑑を眺めているのに似ている、ということに気がつきました。
確かに本物なのですが、ピン留めされていて、生きてはいない、という感覚です。
当たり前ですが、標本はいつ見ても同じ姿を見ることになります。
CDも同じように、毎回同じ音を聴くことになります。

それに対し、レコードの場合、生きている感じがするのです。
確かにノイズも発生しますし、時が経てば、レコードの溝は削れ、針も削れ、真空管も劣化します。
しかし、その変化がとてもエキサイティングなものだということに気がつきました。

デジタルメディアは「劣化しない」ことを大きな利点として挙げていますが、それは同時に欠点だとも思うようになりました。

正直なところ、これらは全て個人の「感覚的なもの」で、そのいくつかは自己満足の域を出ないものですが、アナログというものはそこに醍醐味があると思います。
この「感覚的なもの」というのは、ブラインドテストに正解する・しない、という、単に物理的な問題のレベルを超えたところのものです。

自分で作ったアンプに火を灯す。レコードに針を落とす。レコードが回り始める。その様子を見ながら、音楽を聴く。

このような一連の行為や事象をひっくるめて、感覚に訴えるものを楽しむ。
ロジカル優位な生活をしている時ほど、感覚的なものを信じる、感覚に素直になる。

それがアナログの愉しみというものだと思うのです。