崖の上のポニョって以前、最初の15分くらい見てやめてたんだけど、今回、一応最後まで見た。
まあ、いろいろひっかかるところはありつつ、深く考えないで見て、ふーん、ほう、という印象だったんだけど、考察の一例を読んで、実はなかなかに見所の多い映画だったっぽいことに気づいたので、覚書いておく。

考察の一例ってのは、ここ。
崖の上のポニョが神過ぎた件- ハム速 ←いわゆる2chまとめ系

以下、ここに書いてることを主観的にまとめた感じ。

まず、ポニョ。
これ、ワルキューレの長姉(ブリュンヒルデ)。人をあの世へ連れて行く役。
ポニョが来る時の音楽もまんまワーグナーのワルキューレ。

宗助=監督。
久美子(園の友達)、リサ、トキ=監督の母親。

リサを「お母さん」と呼ばない理由もこれでなんとなく分かる。リサだけ特別なのではなく、久美子・リサ・トキは同等。
ちなみに他人は「宗ちゃん」と呼ぶが、近しい人は「宗助」と呼ぶ。
トキさん以外のおばあちゃんにはポニョ折り紙(あの世への切符?)をあげるが、トキさんにはあげない。

リサは何度か、宗助をポニョから救い出そうとしている。もしかしたらあの世への先導者としてポニョを見ていた可能性。
結果的にうまくいかず、宗助とポニョを置いて出て行ってしまう。

一夜明けて、自宅まで水位が上がってたとこからは、すでにあの世への途中。三途の川的な。

途中で出会う赤ちゃんと夫婦は大正時代の人という設定だとか。
赤ちゃんが現世とリンクしているため成仏できず。
スープやパンは、千と千尋でもあった「こちらの食べ物を食べないと消えてしまう」的な、その世界での存在を確定させるもの。
食べ物をあげるが、赤ちゃんは食べられないので、最終的にポニョのキスで赤ちゃんもあの世への道を許される。

ちなみにこの赤ちゃんがトキさんに似てるという説も。そうすると、監督の母親のモチーフを赤ちゃん~おばあさんまで、一通り、描いたことになる。
ついでに言うと、全編通して、父親への反応は結構希薄。空っぽのリサカー見て動揺するのに、耕一の船が遭難してるかもしれないことに対して特に気にしてなかったり。
母親というのが大きなテーマなのがここでも分かる。

船団の人たちは天国(山の上のホテル)へ向かう途中。
おばあちゃん達がいきなり走り回れるようになっているのも、この世でないということであれば納得いく。

その後、宗助の船のろうそくが消えるとこ=父親の死。
ちなみにあの夜、耕一の船が一度止まったあと、グランマンマーレ通過で動き出すところで、本格的に(?)あの世に向かい始めた。
なんまんだぶ、とか言ってるし。紅の豚の飛行機の墓場よろしく、船の墓場のような光景も。

陸の近づくにつれ、宗助の船とともに、船乗り帽と双眼鏡が小さくなるのも父親とのリンクが終わる表現か。(父親との交信の時には、この二つのアイテムがあった)

空っぽのリサカー=母親の死

ちなみに、ポニョと二人きりになってから、ここまでの過程を人生のそれと重ねているという考察もあり。
結婚・船出→出産→仕事→親の死・定年→最期(トンネル)→輪廻・生まれ変わり

トンネルくぐった後、フジモトに追われ、弾みでポニョはトキにキス。
ここら辺のシーンは監督もどうするか迷ったとか。母親もあの世へ連れて行くか。

最終的に、ポニョは宗助にもキスして、みんなであの世へ行きましょう、みたいな・・

あの世とこの世の境での駆け引きですかね。リサなんかは抵抗してたけど、宗助はあっさり受け入れちゃってるとか。

いや、細かい疑問はたくさんあるんですけど、これだけ頭に入れておけば、次見たとき、もっと理解が進むと思うんです。
理解が進むというか、さらに面白く見れる。
あのバケツなんかにも意味がありそうだな、とか・・

これを怖い話と見るかどうかは人それぞれですが、自分はそれよりも大きなものを感じますね。輪廻・神話思想の世界。

ただ、こういう考え一切無しに楽しく見れるのがすごいとこですよねぇ。

# まとめサイトのほうでは「3」にまつわる話とか、生まれ変わりの話とか、いろいろあるので長いですが興味ある方は行ってみると面白いかも。

リサの懐妊
こちらも大胆ですが、なかなか筋が通っていて、多くの疑問を解決します。

とにかく見方によっては一分の隙も無い、かつ何重ものモチーフを埋め込みながら、それを意識しなくても楽しいという、神がかった作品かもしれません。
好き嫌いはあるとしても、クリエイターとしては世界中から評価されるのも納得で、凄まじいものを感じます。