スティーヴンソン - ジーキル博士とハイド氏
ジーキル博士とハイド氏を読んだ。
ちなみに、著者はジムやシルバー船長の「宝島」を書いた人。
二重人格の代名詞とも言える本作は、
知ってはいるけど、読んだことない、というパターンの一冊。
想像通り、ジーキル博士が薬によって、ハイド氏になったはいいが、
ハイド氏になった時の凶行を苦に、最後は死んでしまう話。
基本的には、ジーキル博士とハイド氏の関係を探っている、
友人アタスンの視点で話が展開される。
一番のポイントはやっぱり最後の博士の告白文だろうと思う。
この文で、本作がただの二重人格サスペンスでないことを知るだろう。
ジーキル博士はいわば善良な市民であった。
社会の中で、善良な市民として暮らすということは、
それなりに他者に気を使うということである。
それは普通のことではあるが、やはりこのストレスに耐えがたい人もいる。
善良に見えるほど、あるいはそういう傾向があるかもしれない。
博士は抑圧された悪の自己を具現化させる薬を開発した。
誰しもが心に持ってはいるが、決して人前には見せない部分、
そんな部分だけでできた人間がハイド氏である。
ハイド氏は本質的に醜く、不愉快な存在だ。
これは、誰しもが持ちながら、しかし人前では抑圧されるべき存在である。
それは誰もが自覚する。
「自分の中に、抑圧されているもう一人の自分がいる」と。
だからこそ、人は不愉快極まりないハイド氏に、
人間の本質を見出す。
悪の部分を呼び起こし、頭では善へ帰りたいと思いながらも、
抗いようもなく悪に冒されていくジーキル博士に、
同情の念を抱かずにはいられない。
イギリスでこのような作品が生れ、語り継がれたということは、
イギリスがジェントルマンの国であることと無関係ではない、
という作品の解説は特に納得できるものだった。
オススメ度★★★
