箱庭ノベルズ - しろログ

笠井潔 - サマー・アポカリプス

2008/10/04

サマー・アポカリプスを読んだ。

探偵矢吹駆シリーズ第二段。
起こる事件を現象学的直感で捉える、という視点が面白くて、これで三冊目なのだが、
どうもミステリーの部分が退屈になってきた。
これは作品のせいというより、自分の趣向のせいだと思う。

ただ、思想の戦いをミステリーに折り混ぜて展開するのは面白いと思った。

普通なら思考実験として終わる話を、ミステリーという枠組みを借りて
現実問題として突きつけるクライマックスシーンはやはり小説ならでは。

で、結局、これは笠井潔のシモーヌ・ヴェイユ批判ということでいいのだろうか。
批判というか、批評、解釈、紹介……

ナチ党によるドイツ国家権力獲得にも匹敵すべき人類的な悪夢の始まりだったとしても、それがいったい何だというのだろう。

オススメ度★★★

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カテゴリ:, 小説, ミステリー

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夏目漱石 - 行人

2008/09/13

行人を読んだ。

一郎の苦悩を弟や、一郎の友人の視点から描いた作品。

一郎は苦悩を脱したい、あるいは脱することができるはずなのに、脱しない、そんな人だ。
そして、この苦悩からは逃れられない運命にある気がする。

なぜという具体的な理由は無いのだが、
自分と一郎のシンクロ率がかなり高い気がするので、なんとなくそう思うのだ(笑)

以前、漱石作品が好きな理由に、登場人物中に自分と似た人が出てくるから、
というのを挙げたが、今回は一郎である。

苦悩の原因を探り、解明しようとしてまた苦しむ。
しかも解明したところで、どうもならないのはよく分かっている。

途中出てくる比喩がうまい。
「山がある。その山を呼び寄せるが、山は来ない。だから自分のほうから山へ行く。」
一郎は山を呼び続け、疲れ果てるのである。
そして恐らく自分のほうから山へ行かなくてはならないことを知りつつ、
それでも呼び続けることをやめられない。

周囲から見れば、結局ただの厄介者である。
その厄介な様子が、他人の視点を通じて、表面から内面までよく表現できている。
個人的には結構好きな作品。

ただ、よく分からない人にはよく分からない本なんだろうな、という気もする。

兄さんがこの眠から永久覚めなかったらさぞ幸福だろうという気がどこかでします。同時にもしこの眠から永久覚めなかったらさぞ悲しいだろうという気もどこかでします

オススメ度★★★

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関連リンク:
青空文庫 夏目漱石 行人

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夏目漱石 - 二百十日・野分

2008/08/16

二百十日と、野分を読んだ。

二百十日のほうは会話主体でさくっと読める。
友人同士の二人があれこれ話しながら山に登る話。
主張しつつ笑いどころもある佳作だと思う。

作品としてもっと良かったのは野分のほう。
3点ほど印象に残った箇所を。

1.漱石らしい自己本位の主張

一能の士は一能に拘泥(こうでい)し、一芸の人は一芸に拘泥して己れを苦しめている。
(中略)
「自己が拘泥するのは他人が自己に注意を集注すると思うからで、つまりは他人が拘泥するからである。……」

わが道を行くべく、拘泥しないために、
一、他人が自分の何かに拘泥しても、自分は拘泥しないこと
これは難しい。

二、拘泥しなくてすむように大樹に寄る。時流に従う。
これはやりやすい。

いずれにしろ、むやみに他人の視線に拘り、
つまらないことで時間をとられて、
成すべきことを成せない、ということが無いようにせよという主張。

2.観察眼が光るシーン

ここだけ抜き出すと分かりづらいかもしれないが、
親友(高柳君)を結婚披露宴に招いたシーン。
高柳君は予想外にみすぼらしい姿でやってくる。

世の中は「これは」と思った時、引き返せぬものである。高柳君は蹌踉(そうろう)として進んでくる。夫婦の胸にはっときざした「これは」は、すぐと愛の光りに姿をかくす。
「やあ、よく来てくれた。あまり遅いから、どうしたかと思って心配していたところだった」偽りもない事実である。ただ「これは」と思った事だけを略したまでである。
「早く来ようと思ったが、つい用があって……」これも事実である。けれどもやはり「これは」が略されている。人間の交際にはいつでも「これは」が略される。略された「これは」が重なると、喧嘩なしの絶交となる。親しき夫婦、親しき朋友が、腹のなかの「これは、これは」でなし崩しに愛想をつかし合っている。

漱石作品はこういう描写が多くて面白い。

3.最終シーン

これも流れの中でのことなので、抜き出して紹介するのは難しいが、
クライマックスの盛り上げ方はいつもすごいと思う。
彼岸過迄なんかもだったけど、
停滞気味な流れから急展開させることによる迫力は相当なもん。
それをラストにもってくるんだからつい感動してしまう。

この辺は魅せ方のうまさだなー。
重要な主張はもっと地味にやってるけど、物語としてエキサイトさせることも忘れてない感じ。

オススメ度★★★

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夏目漱石 - 彼岸過迄

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青空文庫 夏目漱石 野分

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笠井潔 - バイバイ、エンジェル

2008/07/19

バイバイ、エンジェルを読んだ。

矢吹駆シリーズ第一弾。
パリを舞台にしたミステリー。

物事に、唯ひとつの論理的な説明というものは無く、
作ろうと思えば、いくつでも論理的な説明ができてしまう。

そこで、数多くの正しい推論から、
唯一の真実へと至るために、現象学的な観点から物事を俯瞰する。

そんな、哲学ミステリー。
やっぱり、カケルの哲学談義がいいね。

哲学者の密室を読んでいたので、特に新鮮な感動はなかったけど、十分楽しめた。

「できるだけ簡単な生活をする」

それを目指したいんだけど(><

オススメ度★★★

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小林多喜二 - 蟹工船

2008/01/23

蟹工船を読んだ。

社会科の授業などでも一度は出てくる有名本。
例によってタイトルしか知らなかったので、読んでみた。

内容はご存知の通り、労働者の過酷な労働と搾取について。
でも、実際どういう話かは知らない人も多いかと思う。

あらすじは以下のとおり。
カニを獲るために地方の労働者が半分だまされた形で集められ、
劣悪な条件の中、死人の出るほど過酷な労働を強いられる。
耐え切れなくなった労働者は、団結し立ち上がらなければならないことを自ら知る。
一度は失敗し、全てのリーダーが捕らえられるが、
その後すぐに全労働者が立ち上がり、抵抗活動を成功させる。

「日本、まだ、まだ駄目。働く人、これ。(腰をかがめて縮こまってみせる)働かない人、これ。(偉張って、相手をなぐり倒す恰好)それ、みんな駄目! 働く人、これ。(形相凄(すご)く立ち上る、突ッかかって行く恰好。相手をなぐり倒し、フンづける真似)働かない人、これ。(逃げる恰好)――日本、働く人ばかり、いい国。――プロレタリアの国! ――分る?」

労働者(プロレタリア)がいなければ、資本家は何もできない、
という当たり前のことだが、労働者全員が真に自覚するのは難しいことだ。

本作はかなりの部分が「過酷な労働」の描写にページが割かれているが、
重要なのは、最後の最後「リーダーがいなくなっても立ち上がる人々」というところだと思う。

一部のリーダーに頼りきっていることと、資本家の下の労働者でいることは、
判断を他人にゆだねるという点においては同じことだ。

リーダーを失った時、それでも進むべき道を進めるか。

そんなメッセージが、本書を単なるドキュメンタリーで終わらせない、
時代の刹那に普遍性を見出す、名作たる所以であるように思う。

オススメ度★★★

関連リンク:
青空文庫 小林多喜二 - 蟹工船

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夏目漱石 - 彼岸過迄

2007/12/26

彼岸過迄を読んだ。

元旦から書き始めて、彼岸過ぎ迄書くから、彼岸過迄という題。
なので、内容とは全然関係無い。

それはさておき……
漱石の作品は、登場人物に一人は自分と似た人が出てくる率が高いから好きだ。

完全に同じではないけど、考え方の端々が似てる。
誰か一人でなく、複数の登場人物にまたがることもある。

本作では、須永を中心に、敬太郎、松本あたりがそれだ。

無駄に色々悩んで、一人で神経すり減らすタイプorz

悩むのはいいが、考えすぎはダメだ、
と言いたくなるような感じかもしれない。

話としては、とりとめのないようで、意外と起承転結があるような、
読み終わってみると、かなり好きな作品になっていた。

虞美人草の時に、漱石は「書いているうちに登場人物が勝手に歩いてくれるでしょう」といったことを言ってたけど、
この作品で初めて勝手に歩く登場人物を見た気がする。

特に、ヤマ場は、須永の話の終盤。

幼馴染の千代子と、それとなく将来は結婚か、というところで、
やっぱり家族のように育ってきた千代子とは夫婦という感じでもないし、
かと言って、他の人との結婚は考えられないし、といったふう。

作中では、須永の視点で一方的な思考が語られるわけだが、
そこはやっぱり、独りよがり&思い込みがちな思考になる。

千代子に対しては、兄妹のような感覚を持ちながら、
一方で見栄もあり、一人で微妙な牽制をしているのだが、
明らかに結婚候補っぽい人物が現れた終盤……

千代子に卑怯だと言われ、卑怯の意味が、
自分の引っ込み思案なところに向けられたものだと思う須永と、
自分の言う所の意味を分かってもらえない千代子。

「じゃ卑怯の意味を話してあげます」と云って千代子は泣き出した。

この涙に半分引き気味の須永。

僕は心を動かす所なく、彼女の涙の間から如何なる説明が出るだろうと待ち設けた。
彼女の唇を洩れるものは、自己の体面を飾る強弁より外に何も有る筈がないと、僕は固く信じていたからである。

千代子は、須永が自分を馬鹿にしており、
そして、結局自分と結婚する気が無いのだと須永に訴える。

「唯何故愛してもいず、細君にもしようと思っていない妾(わたし)に対して……」
彼女は此処へ来て急に口籠った。不敏な僕はその後へ何が出て来るのかまだ覚(さと)れなかった。

続きを促す須永に、千代子は答える。

彼女は突然物を衝き破った風に、
「何故嫉妬なさるんです」と云い切って、前より劇しく泣き出した。
僕はさっと血が顔に上る時の熱りを両方の頬に感じた。

うわー、ばれてるー!と思った。
確かに須永は嫉妬していた。しかし、それは心に秘めたものであって、
決して他人に分かるはずは無かった。無いと思っていた。
(何しろ須永自身よく分かっていなかったのだ)

そんな須永視点に完全にひたりきってた所で、このセリフは効く。

この瞬間、彼らは漱石の創作した人物ではなくなっていた。

なんとなく間延びした展開がここで一気に締められ、
余韻を残しつつ、最後の松本と、敬太郎の話が続く。

もちろん、読みどころは他にもある。
たぶん読むたびに新しい発見があるんじゃないかと思う。
とりあえずは大学生くらいの方にオススメ。

オススメ度★★★★

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夏目漱石 - 私の個人主義

2007/12/15

青空文庫にあった「私の個人主義」をさくっと読んだ。

漱石が自分の道をどう歩いたかについて。
学習院大学での講演なので、要点だけが語られている。

今の生活よりも、自分に合った生活があるんじゃないだろうか。
チャンスがあったら、そちらへ飛んでやろう、という気持ち。
そういう根無し草のような感覚を持っていたと言うのは分かるなー。

それは結局、自己本位になりきれていないということに気づいて、
悟ったように道が開ける、という流れ。

自己本位というのは、自分で考え、自分で判断し、自分なりの価値を持つことだ。

他人の説明で自分自身を納得させない。
疑問を持ったら自分で調べて、考えて、判断する。
他人の説明は文字通り「助言」に過ぎない。

と、言われてみれば、なんのことはない。
とっくにそう思ってるぜ、なんて思いながら、
気が付くとフワフワしてる自分に自戒の念をこめつつ、再確認。

自分にとって、漱石って苦悩の人っていうイメージがあるんだけど、
苦悩のうちに道を見出す、みたいな所が好きだな。

たぶん頭の中で、あーでもない、こーでもない、というのがものすごくあったと思う。
そして、そういうのが色んな作品中で描写されてる。

行動だけ見れば至って普通なのに、そこに至る思考プロセスの描写が面白いんだな。

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カテゴリ:, 小説, 教養・その他

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