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日々巡り会ったものの感想・レビュー

Author: しろいわ (page 1 of 89)

民主主義

民主主義というのは選挙の結果と議会を尊重することで、一部のマスコミやでデモの声を聞くことじゃない、みたいな発言を見かけて。

正論ちっくに民主主義を骨抜きにするような考えで厄介だなぁと。
そしてこれが一般市民の口から出てくるのがなんとも。

なんとなくこれに同意すると、全体主義とか、扇動者の罠から逃れられないんですよね。
そもそも有権者が常に合理的で正しい判断をしてるとは限らない。

世論調査を見ても、ほかの内閣より良さそうとか、人柄が信用できないとか、その日によって意見が変わったり、そういう不安定な感情がの大勢を占めるこの世の中、どちらかと言うと、私たちはむしろ誤った選択をする可能性が高いと思うくらいがいいんじゃないか。

定義というより概念・理念の話で、これもいろんな意見があるとは思いますが、
民主主義の基本は、違う意見を持つ者同士がどう折り合いをつけて行くかってことだと思うのです。
なので、理想は常に満場一致。全員がとことん議論を尽くして万人が納得する落とし所を見つける。

もちろんこれは人数や時間的な面で現実的ではないので、一定の区切りを設けて、選挙や投票で決着を付けることにしてる。
そういう意味で、選挙の結果やその延長上にある議会というのは尊重しないといけない。これはその遠り。

しかし、そもそもの基本をすっ飛ばして、民主主義とは選挙であり多数決なのである、などと言うと途端に危うくなる。
みんなが賛成しているなら仕方がない、そんな思考停止にも陥りやすい。

まして、多数決が全てで、その他一部の声などいらないとというのは本末転倒も甚だしいんじゃなかろうか。

基本は意見をぶつけ合って、落とし所を探ることだ。
おかしいと思うなら声を上げるべきだし、上げて良いのだ。

選挙こそが全てで、デモや抗議は邪魔だし無駄という考えは、政治家はもちろん、全ての人が捨てないといけない。

(むろんレイシストやら感情論だけのトンチンカンなマスコミやデモもありますけどね。そこは十把一絡げにすべきではないところ)

そして声が上がったなら、聞くべきだと思います。
できるだけ折り合いを付ける努力をする、議論をする。

ただ、そのためには双方が真摯に、本気で落とし所を探ろう、という意思が無いといけない。

非常に重要なことのはずだけれども、ありえないほどにそういうのが欠けていると思うことがあるんですよ。

ダイバーシティ

Google、中の人の「女性は生まれつきエンジニアに向かない」文書回覧で社内騒然

この件に関連して、「性別関係なく、能力で見て採用すべき」という意見をチラホラ見かけた。

一見ダイバーシティ的とは思うけれど、真にダイバーシティを実現するにはまずは無理にでも男女半々という目標は掲げてみて良いように思う。

これはいろんな分野で言えることだけれども、男女問わずエンジニアという職に就いてやっていけるという事実と社会的な認識が無い限り、主に女性の裾野が広がらない。
つまり能力で見るにしても、結局いつまでたっても「多くの男性と一部の女性」からしか選べないことになる。

これを「多くの男性と多くの女性」から選べるようにしたいわけだ。

そこで無理にでも男女半々という事実を作っておくことで、生活手段としての「エンジニア」という職業が全ての女性にとって現実的になるようにする。
その結果、エンジニアを志してみようという女性が増え、最終的には男女問わず、能力の高い者を選べるようになる。

エンジニアに男性も女性もない、そういう認識が当たり前のようになって初めて、
「性別関係なく、能力で見て採用すべき」
というやり方が生きてくるように思う。

まずは平等である事実を作る。

無理に男女半々にするのは短期的には損失であり、何も良いことが無いように見えるかもしれない。
しかし、それが将来もっとも合理的な状況を作り出すことににつながるのではないか。

社会的な観点からも、Googleレベルの企業であれば、これは試す価値のある挑戦であり投資のように思える。

# 人によってエンジニアに向き不向きがあるらしいことは医学的にも根拠があるらしいが、性別でそういうのがあるかは分からない。ここでは無い前提で考えた。

# 日本でも女性の活躍云々を謳うなら、まず平等な環境からだとも思うけど、何故か男女平等という言葉は聞こえてこないな・・

破綻してからが勝負

NHKスペシャル「又吉直樹 第二作への苦闘」を見た。

その中での、古井由吉さんの言葉。

小説の面白さというのは破綻の面白さじゃないかな
途中で破綻したのをなんとか
つぶれないようにして乗り切った
そこで火事場の馬鹿力みたいのが出てると
読むほうに感動を与えるんですよ

スランプというのは、かえってスラスラと書けてしまったりして、そういうのは危険だと。
手グセで書いてしまって、無難にまとまるが、進歩も発見も無い、という感じだろうか。

これは小説以外にも、創作全般に当てはまる気がした。

何を作るにしても、作っているうちに、あっちを直し、こっちを直しで、全体としてイマイチな気がするし、新しく作り直したほうが早いと思うことはよくある。
そうして未完の山が出来上がる・・

でも、破綻していいんだ。

そこからどうやって見られるものにするか。

それが腕の見せ所・・

そう考えると、肩の力が抜けるし、やる気が出てくる。

番組の文脈的にも、極意というよりは、励まし的な意味合いが強いのかなという感じだけれども。

まずは完成させる、という観点からも励みになる言葉。

「好きなこと」を仕事にすべきか – 適性について

こちら、スタジオジブリが1989年に新人アニメーターを募集した時の記事で、募集要項に加えて、業界の現状や求められる人材について過不足なく書かれていて求人広告の見本のような感じで良いなぁと思った。

その中で、お断りする方々の例として、以下のようなパターンを挙げている。

「絵が下手なんだけどアニメは大すきなんです」
「マニアなんです どんな仕事でもいいです」
「○○プロダクションで原画かいてます 一からやりなおしたい」
「無給でもいいです 現場を見たいんです」

なぜか。

この職場に何よりも必要とするのは適性だからです
意欲がなければダメですが
意欲だけでもダメです

あー、なんかコレが全てかなぁ、という気になりましたね。
平たく言えば、性に合ってるかどうか。

仕事(あるいは進路)をどう選ぶか。

今まで「好きなこと」「興味のあること」を軸に考えてたけど、土台には「適性があること」が必要なのかな、と。

「好き」っていう気持ちは、もちろん長く続くこともあるんだろうけど、30年40年続くかは分からない。
でも仕事はそういうスパンで続くわけで、好きでなくなっても続けられるか、と問われた時、少なくとも適性があれば続けられるんじゃないかという気はしてくる。

「好き」だけを支えにすると、好きでなくなった時にポキリと折れるだろう。

よく好きなことを見つける、やりたいことを見つける、というけれど、そうではなくて、性に合うことを見つける。

とりたてて好きなことも、やりたいこともない。けど、性に合うものなら・・。
そう考えると少し楽になるんじゃないだろうか。

好きで興味があって適性があれば最高だけれども、大抵の仕事はそういうものではないだろうし、数十年という長いスパンで、モチベーションMAXで取り組み続けるというわけにもいかない。

若さとパッションが失われても、ただ性に合ってる、というだけで無心で取り組めることもあるのだ。

職業は冷静に選びましょう

というのはそういうことなんじゃないかと思う。

適性を探る、そのために20代のうちに転職を繰り返してみるのは特別悪いことではない気がする。
どこでどう「適性」というものを感じ取れば良いのか、は最後にして最大の難問かもしれんけど・・。

関連記事
「好きなこと」を仕事にすべきか2016
「好きなこと」を仕事にすべきか – 美について

人喰いの大鷲トリコ

このブログの古い記事を引っ張り出してみよう・・
ICO
ワンダと巨像

諸君、あれから10年が経ったのだ!

満を持して新作の登場・・
過去記事の通り、ICOとワンダは大好きなのだけれども、トリコのトレーラーを見るに、さほど期待はしていなかった。
これはICOとワンダの単なる延長でしかない、と。

それでも購入してみたのは、先日PS4 proを買ったものの、なんとなく持て余してて、適当なソフトを探してたからにすぎない。

そして、プレイしてみた結果、やはり単なる延長的存在であった。

質が低いわけではない。
シリーズ最新作の名に恥じない、非常に完成度の高いものと言える。
風景描写はもちろん、トリコのAIなどは、こちらの意図が無理なく伝わるように見えることに驚く。

しかし、それだけである。

ICOやワンダをプレイしたことのない方にはオススメできる。(ただ機会があればICOかワンダをオススメしたい)
また、なんでもいいからあの雰囲気に浸っていたい、という方にもオススメだ。

徹底して一つの世界、一つの物語を作り上げている。
そういう「作品」として見るべきなのだろう。

元々の個人的な性分だと思うけれど、歳のせいも加わって、最近「以前見たもの、以前やったもの」に対する飽きが尋常でない。
トリコも同じで、これはICOで見たし、ワンダでやったのだ。
もういい。

無料体験版であったなら、本編は買わないだろう。
でも買ってしまったからやる・・
(幸か不幸か、大したボリュームではないのだ。適当にやっても4〜5日で終わってしまうだろう)

そう思ってるせいか、プレイ中もイラっとするところがある。

とにかく操作性が悪い。
少年の動きは微に入り細に入り、よくできているのだけれど、それらを正確にモーションするために、思ってる動作にすぐ入らないことがある。
また、基本的にやたら高所で足場の悪いシーン、狭いシーンが多いため、スムーズな移動ができず、すぐ淵に接触してフラついたり、唐突に物に体当たりしてよろけたりする。
(そのたびにヒヤッとさせられ、しまいには落ちるなら落ちろ、という心の荒み具合に!)

他にも、カメラワークがー、とか、トリコの動きがー、とかあるけど、それらはまあ操作性に比べたら些細なこととしておきたい。

いや、操作性にしたって、この世界をしっかり満喫するつもりで、のんびりプレイすれば大して気にならないだろうとは思う。

うん。要するに、もう飽きてしまった。それだけのことだ。

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