ニーベルンゲンの歌を読んだ。

作者不明。
英雄ジーフリト(ジークフリート)をめぐる民族的悲劇をうたったドイツの長篇叙事詩。

ジークフリートの死とそれをめぐる復讐劇。
あらすじなど
登場人物とかいろいろ

話は、「因」が語られると、すぐ「果」も書かれる、というネタバレ展開ですが、
それでも、本当にそうなるのかな、といった感じで読めます。

名作らしく、物語自体は特にひねったものではないのに、力強いダイナミクスがあり、
特にクライマックスの戦闘シーンは圧巻。
リュエデゲールの名誉を賭けた戦いは涙を誘います。

とまあ、内容はこんな感じで面白いのですが、
もう少し考えてみます。

「名誉を賭けた」と言えば、
潔くて、かっこいいので、常に憧れと賞賛の的になりそうですが、
この物語では、そのために多くの人にとって悲劇となります。

王妃クリエムヒルトにしても、夫ジーフリトのためとは言え、
一族はじめ、ついには自分の身をも滅ぼすことになるのです。

「名誉や貞節もヒューマニズムの基盤から離れると、こうした悲劇となる」
と解説にはありますが、この場合のヒューマニズムというのは何なのでしょう。

それは社会生活を送る上でのバランス感覚みたいなものかなと思います。
でも、これは恐らくほとんどの人が持っているものなんですよね。

だから、普通悲劇的なことにはならない。

でも、こういうバランス感覚を保つのって、結構疲れるし、
優柔不断に陥ったりしてかっこ悪い気がするものです。
だから、名誉・貞節といった一つの基準でもってスパッと生きている人が
かっこよく、かつ楽そうに見える。

そういう心理が巧みに操られると悲劇的なことになるわけです。

名誉、誇り、そういったものはバランス感覚を保ったうえで抱えるものであるべきで、
なんかモヤモヤしてるの取っ払って、今日から名誉に生きる、
とかそういうのはまずいということです。

まあ、大抵は、名誉一筋なんてできないので、いいんですけどね。
たまにできる人がいても、一人なら大したことはないですし。
例え一瞬でも、大勢の人が名誉一筋になれちゃうと怖いんだと思います。

オススメ度★★★★