民主主義というのは選挙の結果と議会を尊重することで、一部のマスコミやでデモの声を聞くことじゃない、みたいな発言を見かけて。

正論ちっくに民主主義を骨抜きにするような考えで厄介だなぁと。
そしてこれが一般市民の口から出てくるのがなんとも。

なんとなくこれに同意すると、全体主義とか、扇動者の罠から逃れられないんですよね。
そもそも有権者が常に合理的で正しい判断をしてるとは限らない。

世論調査を見ても、ほかの内閣より良さそうとか、人柄が信用できないとか、その日によって意見が変わったり、そういう不安定な感情がの大勢を占めるこの世の中、どちらかと言うと、私たちはむしろ誤った選択をする可能性が高いと思うくらいがいいんじゃないか。

定義というより概念・理念の話で、これもいろんな意見があるとは思いますが、
民主主義の基本は、違う意見を持つ者同士がどう折り合いをつけて行くかってことだと思うのです。
なので、理想は常に満場一致。全員がとことん議論を尽くして万人が納得する落とし所を見つける。

もちろんこれは人数や時間的な面で現実的ではないので、一定の区切りを設けて、選挙や投票で決着を付けることにしてる。
そういう意味で、選挙の結果やその延長上にある議会というのは尊重しないといけない。これはその遠り。

しかし、そもそもの基本をすっ飛ばして、民主主義とは選挙であり多数決なのである、などと言うと途端に危うくなる。
みんなが賛成しているなら仕方がない、そんな思考停止にも陥りやすい。

まして、多数決が全てで、その他一部の声などいらないとというのは本末転倒も甚だしいんじゃなかろうか。

基本は意見をぶつけ合って、落とし所を探ることだ。
おかしいと思うなら声を上げるべきだし、上げて良いのだ。

選挙こそが全てで、デモや抗議は邪魔だし無駄という考えは、政治家はもちろん、全ての人が捨てないといけない。

(むろんレイシストやら感情論だけのトンチンカンなマスコミやデモもありますけどね。そこは十把一絡げにすべきではないところ)

そして声が上がったなら、聞くべきだと思います。
できるだけ折り合いを付ける努力をする、議論をする。

ただ、そのためには双方が真摯に、本気で落とし所を探ろう、という意思が無いといけない。

非常に重要なことのはずだけれども、ありえないほどにそういうのが欠けていると思うことがあるんですよ。