何も期待することが無いばかりか目くらましさえしてくる新聞というものを自分はとっていないが、実家ではとっているので、帰った折、四コマ漫画やラテ欄のために手に取ることがある。

そこでなんとなく読んでみた2016年5月4日付の天声人語。
全文はこちら(要無料会員登録)

香港での言論弾圧に触れた後、

驚いたことに先日発表された国際調査では、そんな香港よりも、日本の方が「報道の自由」度が低いと判定された。(略)西欧中心の見方ではないかと思うものの、72位という順位には記者として自責の念を抑えがたい。報道の将来を思うと、焦燥感がこみ上げる(略)担当相が放送局に電波停止をちらつかせ、議員が報道機関を懲らしめる策を勉強会で披露する。あの種のふるまいがなければ、日本がここまで評判を落とすことはなかっただろう。

と書かれている。

なーにが驚いたことに、じゃ・・

朝日の(日本のと言ってもいいが)ジャーナリズム精神は本当に凋落していると感じた。

要約すると「対岸の火事を見てたら自分らのほうが燃えていてビビった。風あおったの誰よ」といったところか。
これが近所のおっさんのボヤきなら分かる。
だが仮にも大手新聞と呼ばれる新聞の一面に載っているのである。

現場では明らかに権力の圧力を感じると言い、キャスターは降板し、権力者と関係の深い市民団体が放送に対して圧力をかけている。
そんな一般市民でも知っているようなことには全く触れず「驚いたことに」「西欧中心の見方」「焦燥感がこみ上げる」ときた。
どれだけ感覚が鈍っているのだろう。

挙句の果てには、自分たちがその使命を捨て去っていることの反省もそこそこに、他人の行動にグチをこぼす。
よくもまあこんな恥ずかしい文章を載せられたものだと、呆れ果てる。

「xxだったら、日本がここまで評判を落とすことはなかっただろう」
それはすべて自分たちに向かう言葉ではないか。

権力と癒着し、権力に怯えるメディアの限界というものがはっきりと見えたし、やはり新聞など文字通りとるに足らないものだと確信した一コマであった。

# もう一つの大手機関紙は一面に権力者礼賛コラム載せちゃうようなベッタリぶりを隠そうともしないので、いっそすがすがしいですけど。